大塚英志氏の物語創作に関する三部作の1つ・『物語の命題 6つのテーマでつくるストーリー講座』を読んだので、その感想とまとめを紹介します。
大塚氏の三部作といえば、他にも『ストーリーメーカー』、『キャラクターメーカー』が有名ですよね。『ストーリーメーカー』では物語のストーリーを紹介し、『キャラクターメーカー』では物語に出てくるキャラクターの作り方を紹介しています。
そして3部作の3部目にあたる、『物語の命題』では、物語やマンガ、アニメの”テーマ”に関する説明をしています。
本書では物語の中で良く登場する”テーマ”を6つ、1章に1つのテーマで紹介しています。
いまいちピンと来ないかもしれませんが、この3部作によって、物語を創作するうえで基本的な知識は網羅できるようです。
『物語の命題』を参考にして”テーマ”を決め、『キャラクターメーカー』で”キャラ”を作り、『ストーリーメーカー』を利用して、テーマに沿って、キャラを動かしていく・・・
そんなイメージだと思います。
それでは早速中身の紹介に移りますね。
目次
1章:人造人間に生まれてー『アトムの命題』
第一章からかなり話は脱線しながら進みますが、1章の内容を一言でまとめるなら、
戦後のマンガには『アトムの命題』と呼べるテーマが受け継がれている。
ということです。『アトムの命題』というのは、筆者の言葉を借りるなら、以下の通りです。
- 主人公の属性は人造人間である。
- 主人公は人造人間なので成長できない。
- 主人公は人間のように成長したいと望む。
- 待ち受ける結末は「成長」とは限らない。
ご存じのとおり、鉄腕アトムは天満博士によって作られたロボットです。しかし、天満博士はアトムが成長しないことを怒ります。
「おいおい、科学者なんだからロボットが成長しないことくらいわかるだろ」
・・・と、ちょっと冷静になればわかりますが、それでもなお、天満博士をマンガの中で怒らせた作者・手塚治虫にはそれなりの理由があったようです。
故に、今日に至るまで大人になれないけどなりたい人造人間というテーマは受け継がれているわけですね。
第一章の話をまとめてしまうとこの程度で終わってしまいますが、実際は脱線しながら話が進むので、30Pほど1章に割かれています。
脱線の内容は、ストーリーメーカーやキャラクターメーカーで触れたことも多いので、2つをすでに読んでいる場合は、復習がてら読み進めるといいと思います。
個人的に作者の脱線話で気になったのは、『アトム大使』の話でした。私は初めて知りましたが、鉄腕アトムの連載前に、アトム大使というマンガを手塚治虫は連載していました。
敵と激しく戦う鉄腕アトムに比べて、『アトム大使』はとても穏やかです。宇宙人と地球人の交渉をするのがアトム大使の役割です。もちろん『アトム大使』の中でもアトムはロボットなので成長しません。
しかし、興味深いことに、手塚治虫は作品の中でアトム大使を大人に成長させます。アトム大使は交渉の誠意として、宇宙人に自分の顔を差し出します。そのお礼として、宇宙人はアトムに大人の顔をプレゼントします。
やや強引の話の流れに見えますが、逆に言うと、強引にしてまでも手塚治虫はアトムを大人にする必要があったわけです。
ここから大塚氏の推測に入ります。大塚氏はこのやや強引なストーリー展開の背景には、アトム大使が描かれた頃の日本社会の状況があったと見ています。
当時、日本はアメリカから独立して国際社会に復帰を果たそうとしていました。GHQからの支配から解放された日本が、独り立ちをする物語を、『アトム大使』を通じて手塚治虫は描いたわけです。
「そんな物語にしてわざわざ書かなくても、独立なんてできるだろ・・・・」
そう思うのは、日本が現在、独立した国だからだと思います。実際、当時はかなり独立をめぐって議論が起こっていたはずです。
GHQの最高司令官・マッカーサーも日本人は国としては12歳の少年で未成熟だと公然と発言しています。それに対して、日本のいくつかの企業は自社の製品を掲げ、「12歳ではありません」と新聞広告を打って騒ぎになったと伝えられています。
成熟、未成熟という判断基準がそもそも西洋の価値観にもかかわらず、その発言に対して、むきになってしまうことが子供っぽいと言えばそれまでですが、それほど当時の人は独立(大人)というテーマに敏感だったようです。
ということを考えれば、戦後日本の文学やマンガで、大人になりきれない子供の話が出てくるのは無理のない話かもしれませんね。
2章:ギムナジウムの転校生ー『エーリクの命題』
続いて、第2章です。第2章では、『エーリクの命題』を扱います。
- 主人公は「外」の世界からやってくる。
- 内側の世界の人たちは彼らの抱える問題を直視できない。
- 主人公は皆を問題点に直視させます。
- 問題点は解決し主人公も同時に成長します。
2章では、少女漫画・『トーマの一族』を取り上げます。私自身、少女漫画には疎かったのですが、この章をきっかけに興味を持ちました。
”成長”というフレーズが出てきたときに、少年マンガではなくて、少女漫画が真っ先に取り上げられるというのは、やはり日本人は未成熟と言いはなったマッカーサーの発言が思い出されますが笑
同様の指摘を大塚氏もしていて、かなり納得がいく説明だったので、紹介したいと思います。大塚氏によると、マンガでも文学でも男性が成長する物語は失敗に終わることがよくあるそうです。
アニメでいえば宮崎駿、小説でいえば村上春樹です。2人とも日本を代表するアニメーション作家であり、文学者です。
宮崎作品(ジブリ作品)は少女の成長を描かせたら古今東西、右に出る作品はきっとありません。千と千尋や魔女の宅急便、借りぐらしのアリエッティなどなどです。
しかし一方で、ポニョやゲド戦記など、男性が主人公になるととたんに迷走を始めてしまいます。ポニョではそうすけが海(羊水)に戻ってしまいますし、ゲド戦記では独り立ちしたにもかかわらず、母親のもとへ戻るわけです。
村上春樹の作品でも、主人公は冒険を終えても何かしらの喪失感に浸っています。
このように、男性が主人公だと”成長”しづらくなってしまうのが、日本の文学やアニメの特徴なのかもしれませんね。
個人的には、大人になったり、個性を獲得したりといった価値は西洋由来のものなので、別に日本人が無理してそれに合わせる必要はないと思うのですが、どうなんですかね。
3章:水蛭子の語られなかった運命ー『百鬼丸の命題』
物語のよくあるテーマの一つに『捨て子』があります。例えば、村上龍の『コインロッカーべベービーズ』ではコインロッカーに捨てられた子供を扱っています。
また村上春樹の『海辺のカフカ』も捨て子というテーマを扱っています。15歳になった主人公の少年は、四国に旅に出て、旅先で象徴的に父を殺し、姉と結ばれます。
村上春樹や村上龍を例として挙げましたが、『捨て子』というテーマが物語に使われるのは現代に限った話ではありません。ギリシア神話の頃から古今東西『捨て子』は物語のテーマになってきました。
例えば、ギリシャ神話のオイディプスでは王家の子供から捨てられた子供が、成長して自分の出自を知っていきます。最終的に実の父親を殺してしまいます。北欧神話のジークフリートでも主人公は捨て子です。
ここで興味深いことは、捨てられた子は、物語を通じて自分の出自を確かめ、そして父親を殺めてしまうということです。父親を殺めるということは、父親を乗り越えるということでもあります。子供(息子)にとって父親とは母の愛を奪う存在だと心理学ではいわれています。また、息子にとっての模範でもあります。
ただ、実際に子供する成長するにつれて、いつかは親から離れる必要があります。父親の言うことを守っているだけでは決して本当の大人になったとは言えません。厳格な父親のもとで育った子供(息子)がいつまでも自立できないのは、父親を乗り越えることができていないからです。
つまり、子供が成長するにつれて、いつかは父親を乗り越えないといけないわけです。これを物語の中では少し強調して、主人公に父親を殺させているのでしょう。そうすることで、神話を読んだ子供が、いつしか自分も父親を超えないといけない。自分の心の中で、自分の行動を規定していた幻想の父親を殺すわけです。
さて、この『捨て子』というテーマのストーリーラインを筆者は『百鬼丸の命題』と題して、☟のように紹介しています。
- 何か事情のある両親に「不完全な子供」が生まれる。
- 赤ん坊は水の中に、捨てられる。
- 流れ着いた先で拾われて育てられる。
- 子供は出生の秘密を求め旅立つ
しばしば捨て子は「不完全な子供」だから捨てられます。例えば、日本書紀ではイザナギとイザナミから生まれた蛭子(ひるこ)はヒルのような姿をしていたから捨てられました。
ただ、蛭子神話の場合、捨てられた後の話がありません。大阪湾あたりに捨てられて、最終的に龍になったという話はありますが、どうも釈然としません。
むしろ他の多くの神話や物語がそうであるように、蛭子神話でも蛭子も生みの親の元へ行くのが順当です。ただし、それでは日本書紀にふさわしくないということで、当時の人が話を改編したというのが、著者の意見です。
4章:私は急いで大人になるー『ジェニーの命題』
物語では、成長する速度が違う人同士を描くことがあります。特に、2人の成長スピードの違いと結ばれない恋愛を描くラブロマンスとの相性はかなりいいです。
著者がその代表作として挙げたのは、萩尾望都の『ポーの一族』です。私は恥ずかしながらこのマンガのことを知らなかったのですが、今回初めて読んでみて、感心しました。限られた生を生きる人間と、不老不死で無限の時間を生きるヴァンパネラとの対比が見事でした。
ただ、1つ残念だったのが、『ポーの一族』というマンガを知ったのがつい最近ということです。この年になるとどうしても常識が染みついていて、マンガだからと言っても常識のフィルターをかけてしまいます。読んでいて何度か「ありえなでしょ・・・」と思ってしまったこともありました。
やはりこういった作品は小学生くらいの時に読んでおいた方がいいようです。
ところで、作者は『ポーの一族』を代表作として挙げていますが、それ以外にも時間をテーマにした物語や映画はたくさんありますよね。私が最初に思いついたのは、5年くらい前に公開された『ベンジャミンバトンー数奇な人生』という映画でした。この映画では、主人公の男性が80歳で生まれて、時間が経つにつれ若くなっていきます。
若くなる主人公と普通に年を取っていく周りの人たちとの対比がとても面白いと思いました。
- 最初に2人が出会った時は気づかなかったけど…
- 出会うたびに彼女は大きくなっていく。
- 2人の時間は一瞬だけ交わることがあったとしても…
- 運命はたいてい2人を引き離してしまいます…
5章:君のためなら「女の子」になってもいいよー『フロルの命題』
第5章は『女性の自己実現』というテーマです。扱う題材は萩尾望都さんの『11人もいる!』です。
『11人いる!』という小説も私は知らなかったので今回初めて読みました。SFロマンスといったジャンルの作品で、宇宙船に乗った11人の訓練生が船内で様々なミッションを受けます。ミッションと平行して、ダダという少年とフロルの2人の恋愛模様も描いていきます。
ただし、フロルは船内でミッションを受けている段階では両性です。そもそもフロルの目的は、船内のミッションにクリアして男性になることなので、フロルは最初ダダのことを恋愛対象として受け入れません。
しかし、最終的にミッションに合格し、フロルも男性になる権利を得ます。しかし、船内でダダに救われたフロルは、ダダと結婚をすることを決めます。
つまり、男性ではなく、女性としての自己を選ぶわけです。
- 主人公は男の子にも女の子にもなれます。
- 主人公の前に「異性」が現れます。
- 主人公は自分らしくあるのは男と女どっちだろうと考えます。
- 主人公は自分の性を決定します。
6章:いつかトトロにさよならをー『アリエッティの命題』
6章は『アリエッティの命題』です。これも大塚氏の本を読んでいるとよく出てくる命題ですね。”移行対象”や”ライナスの毛布”という言葉でもよく説明されています。
ライナスの毛布というのは、スヌーピーのライナスがいつも持っている毛布のことです。ライナスは毛布があると落ち着いて大人っぽい話し方をしますが、毛布を手放すとすぐに赤ちゃん言葉に戻っていまいます。
ライナスの毛布のように、小さい子供が成長する過程で、安心感を得るために手元に置いておくものを”移行対象”と言います。赤ちゃんのおしゃぶりや、クマのぬいぐるみなんかも”移行対象”として説明できます。
”移行対象”をアニメの中で登場させるのが天才的にうまいのが、宮崎作品です。『千と千尋の神隠し』の”カオナシ”、『魔女の宅急便』の”ジジ”も移行対象です。”カオナシ”も”キキ”も基本的には主人公のそばにいて、主人公が成長するとどこかへ行ってしまいます。
千尋が湯婆の元へ行ってハクを治す薬をもらうと、”カオナシ”は千尋の元から離れます。キキが成長して街で暮らしていけるようになると、”ジジ”と話すことができなくなります。
アリエッティも同様です。アリエッティも14歳という子供から大人になる年齢で、初めて≪借り≫に出かけます。初めての借りで期待と不安が半々のアリエッティの心を支える移行対象が”まちばり”です。
この”まちばり”はアリエッティが初めての借りで見つけたものでもあります。そしてアリエッティが成長すると自然と腰の”まちばり”は消えるわけです。
このようにジブリ作品を見ていると、なぜか成長する主人公はいつも女の子なんですよね。男の子が成長するアニメになると、途端に迷走しだします。崖の上のポニョでは、そうすけにとって、ポニョは移行対象のはずですが、最後の最後まで別れませんでした。
ゲド戦記でも最後は迷走しだします。
また男性が主人公の物語では、主人公が成長しないというのは、アニメだけではありません。文学作品でも、村上春樹の主人公は、冒険が終わったあとも孤独感や寂しさは残ったままです。
かつてマッカーサーが言った、「日本人は12歳」発言を律儀に守らなくてもいいんじゃないの・・・と大塚氏は一言添えています。
そういえば、ジブリ作品を参考にして作成されたと言われている、ピクサーの作品は、この「移行対象」を作品に組み込んでいますよね。モンスターズインクの青色のモンスターも主人公の少年が成長してお別れをします。また、トイストーリーも移行対象の話として解釈できます。
トイストーリーに出てくるおもちゃの中に「トトロ」があるように、トイストーリーもまたジブリ作品を参考にしたと思われます。作品に登場するウッディはアンディにとっての移行対象と考えられます。
ただ、トイストーリーでは人間の少年ではなく、移行対象である人形(ウッディ)目線で描いているところが面白いところですよね。ウッディ目線で描くことで、ウッディとアンディの友情を鮮やかに描いています。
またこの作品では、「アリエッティの命題」とともに、登場人物の進む時間がことなる「ジェニーの命題」も発動しています。アンディは成長したらウッディと別れられますが、ウッディはずっとおもちゃのままです。アンディがいなければ遊んでくれる人がいません。おもちゃにとっての指名は遊ばれることなので、アンディが成長して遊んでくれなくなることは、ウッディにとっては存在を無視されることでもあるわけです。
- 主人公は庇護者から離れ大人の一歩手前でとても不安です。
- その不安な気持ちをあがなうような友達が現れます。
- その友達に守られて主人公は成長します。
- そして、主人公が大人になった時、もうその友達は現れてくれません。
まとめ
『物語の命題 6つのテーマでつくるストーリー講座』を読んだ感想とまとめを紹介しました。もちろん、物語のすべての命題が上で紹介した6つに収まるとは思いませんし、作品の中で上で紹介した命題の複数が同時に働くこともあると思います。
ただ、主要は6つの命題を知ることで、今後マンガや映画を見るときに、確実に新しい見方ができるようになったと思います。
さらに、この6つ以外の命題にあてはまらない作品に出合った時は、その作品の命題を抽出することもできるのではないでしょうか。
最後に大塚氏が本書の冒頭で述べた意見を引用して終わりたいと思います。
ぼくは物語を書くという行為が、その人が他の人に比べて特別であることの立証として使われがちな「文壇的文学」が嫌いだっただけで、誰もが自分が自分であることの手続きとして何かを物語れることはむしろ「近代」の前提だと考えている種類の人間、つまりありふれた近代主義者です。
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